龍野出身の文化人の足跡をたどる資料館 ・童謡『赤とんぼ』の作詞者・三木露風/『人生論ノート』著者・三木清/詩人・内海青潮/歌人・矢野勘治

文化に香る詩のふるさと 霞城館(かじょうかん)・矢野勘治記念館  



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霞城館には、龍野が生んだ現代の文化人、三木 操(露風)、内海信之(泡末)(青潮)、矢野勘治(興安嶺)、三木 清ら4氏に関する文献や資料が、一堂にそろえられております。これは、研究者のために、文献や資料が散逸することを防ぐとともに、青少年の内面を健全に育成する文教施設としての役割であります。

三木操(露風)  三木操(露風) 
みきみさお(ろふう) 
1889〜1964
詩集「廃園」は北原白秋の「邪宗門」と並んで、詩壇に新風を吹き込み、「白露時代」を現出した。有名な「赤とんぼ」の歌は、昭和2年山田耕筰によって作曲され、全国を風靡。

三木操(露風) 三木操(露風) 


内海信之(泡沫)(青潮) 内海信之(泡沫)(青潮)
うつみのぶゆき(ほうまつ)(せいちょう) 
1884〜1968
「明星」に石川啄木、北原白秋と並んで三選作が発表され、注目された。本質は田園の詩人で、自然のなかに人間と社会を見つづけた。

内海信之(泡沫)(青潮)内海信之(泡沫)(青潮)


矢野勘治(興安嶺) 矢野勘治(興安嶺)
やのかんじ(こうあんれい) 
1880〜1961
矢野勘治(興安嶺)一高時代、正岡子規の門に入り、短歌や俳句を作り、根岸短歌会の歌会形式を龍野に持ち込む。一高の寮歌「春爛漫」は一高2年、「嗚呼玉杯に」は一高3年のときに作った矢野勘治記念館は晩年を送った自宅である。

矢野勘治(興安嶺)


三木清  三木清 
みききよし
1897〜1945
京大に学び、西田哲学門下の鬼才とうたわれた。処女作「パスカルに於ける人間の研究」をはじめ、「人生論ノート」「哲学ノート」など数多くの著書を世に送り、世界的哲学者への道を切り拓いていった。

三木清 三木清 




公益財団法人 霞城館 矢野勘治記念館・兵庫県たつの市龍野町上霞城30-3 ・tel.0791-63-2900・